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日志


2005/11/10

パソコン操作の得意・不得意からわかること

 先週の日曜日、アルバイトと手伝いの中間に位置するような仕事をする機会があった。まあ簡単に言えば激安バイトである。
 まあそんなこんなでパソコン教室の真似事みたいなことをやったのである。
 
 来たのは中年~老人の十数人で、ワープロの基本操作について教えたのだが、その際にはやはり個人個人で進度が異なる。キーボードが打てない人からトントン拍子に次へ次へと進めていく人まで、様々な人がいたのである。
 
 だが、その出来る人・出来ない人の年齢層を見て少し驚いた。
その両者間に明確な共通点は見出せなかったのだ。
 
 先入観として、年を取れば取るほど新しい物(この場合はパソコン)に対応できなくなるのではないかと思ったら、なんと今回一番進度が速かったのは最高齢と思われる70代らしきおばあちゃんである。
 
 一見すれば個々人に差が出るのは当たり前、と思うだろうが、この差が何を表しているのかを深く考えたとき、自分の周りなども考えていくと、ある一つの結論が思い浮かんだ。
 
 
 それは応用力と、それに伴う推理力である。
 
 パソコンにまだ不慣れなとき、極端に差が出ることがある。俺は扱いに慣れるのが速い方だったのだが、パソコンの扱いが苦手な人がなぜパソコンを扱えないのか全く理解できなかった。
 
 今回のパソコン教室の受講者を見ていると、不慣れな人たちというのは応用性が乏しいのである。
 
 パソコンの同一オペレーティングシステム上のアプリケーションというのは、ある程度似通った操作によって動作する。
 例えばエクスプローラでもメモ帳でもペイントでも、「切り取り」「コピー」「貼り付け」などはほぼ共通操作である。
 にも関わらず、そのような似通った操作を一々説明しなければ出来ない。
それが応用性の貧弱さと言う他になんと言おう。
 
 そしてその応用性の根底にあるのが推理能力の無さである。
例えばダブルクリックという動作を教えた上で5分ほど Windows 上でマウスに触ってもらえば、左のボタンが決定で右ボタンがそれ以外というのがわかると思う。
 そしてワープロソフトなどにおいて画像を表示する際、画像の置き場所を指示されれば、メニューバーにある「挿入」という言葉から、画像を挿入できると推察できるだろう。もしそこまで推察しなくとも、メニューには様々な操作ができる項目があるとわかるのならば、そこから画像を挿入する項目を見付けることも容易なはずである。
 
 以上は俺がパソコンの扱いに慣れていることから言えることなのかもしれないが、それにしたってある程度の知識(「マウスで操作する」や「ドラッグ」、「メニューバーにより操作できる」など)さえ持っていれば、現代の解説がいたるところに付いている GUI のパソコンならば、自分がしたい動作というのを推測できることが出来るはずである。
 
 パソコンの扱いに戸惑うかどうかという事は、その人の推理力、ひいては応用力などが推し量れる一つの判断材料になるのかもしれない。
2005/10/12

オタク文化の社会における有用性

 
 
 
 オタクというのを定義すると、一般的に二次元に倒錯したり、何か一つの物事を好きな人を指すことが多い。(鉄道オタク、アニメオタクなど)
 
 昨今オタク人口というのは急増し、それを良く思っていない人間はいるようである。
 では、なぜオタクは増えているのだろうか。
 
 
 現代社会は情報社会と呼ばれる程、情報が蔓延している。それによって情報を得ることが容易になった為、様々なオタク文化に触れるうちに自らにあった物を見付け、それが結果としてオタクを増やす原因になっていると思われる。
 そしてそれが元となり、オタク文化は高水準化多種多様化の一途を辿り、様々なジャンルの人間がオタク文化に浸透しやすくなったのではないだろうか。
 
 ではなぜオタク達はスポーツや男女交際など、一般的な偏見により健全と呼ばれているような事柄に興味を示さず、漫画やゲームなどの文化的趣味へと走るのであろうか。
 
 単純に運動量が減っていることや、凶悪犯罪増加による地域社会・人間との対話が無くなったこともその要因の一端を担うのであろうが、これもやはりオタク文化の発達にあると思われる。
 
 フィクションやファンタジーの発達によって、我々は数々の素晴らしい物語と出会うことができた。
小説や漫画、アニメにゲームなど、それらが人間にもたらす物とは何か?
 
 それはつまり、現実逃避である。
我々は現実逃避を行うことにより、過酷な現実から目を背け、無駄な暇を潰し、現実で溜めたストレスを解消し、そして明日を生きる力を養うのである。
 
 現実逃避は決して悪いことではない。
 現在の韓流ブームによる韓国ドラマ、ハリーポッターや指輪物語などの世界的大ヒットを記録したファンタジーなど、全て現実逃避をするための物語である。
 
 そして我々人類は古代から現実逃避と共に暮らしている。それは我々人類は本能的に現実逃避を行っていることだと言う事だ。
 古代から語り継がれた神話などの物語はもちろん、身近な物では宗教なども、それ即ち現実逃避である。
 神話が現実ならばダーウィンは大嘘付きだし、宗教が真理ならば真理とは論理的な筋が通っていない物となる。
 
 つまりオタク文化とは、人類の文化が発達したことによって普及した、宗教の代替品ということである。
少なくとも某宗教と比べるならば、自爆テロもしなければサリンをばらまくこともない
 
 惜しむらくは現実逃避は非常に楽なため、自らの殻に引きこもる人間が出ることだろう。
それでもやはり宗教ほど他者に迷惑はかけていないので、オタク文化が広がるというのは悪いことではないだろう。
 
 是非オタク文化はこの世の中に浸透して欲しいものである。